「特に旅行する気も無いのに空港に行くことで名探偵と対決する」を語る


 最近ミステリー小説を書いている。ミステリーとは謎がある物語である。ミステリーというジャンルは物凄く懐が広いので、謎が無くてもミステリーだったりするのだが、往々にして謎がある。そして、謎がある物語には大抵の場合「推理」がある。


 この推理、問題はこの推理だ。この推理ってやつは、僅かな手がかりから様々な真相を明らかにするのだ。名探偵なんかはこれで相手の心のやわいところをボロボロ突いている。シャーロック・ホームズなんかもこれで論理の地獄車を回している。私はミステリーを書くにあたって、物語に伏線を敷き、手がかりを撒き、登場人物が推理を出来るように構成を行っている。
 しかし、部屋で一人、論理のマニ車を回していると脳がゆっくりと溶けていくのだ。

 

 このままではいけない。人間の行動を推理してはならない。論理を組み立てて人を分析してはならない。思い出を考古学の領域に明け渡してはいけない。人間の精神を貝塚のように掘ってはいけない。

 なので私は、空港に来た。

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 空港に来た。

 

f:id:syasendou:20190417171713j:image  このガチャガチャ有名だよね。


 別に旅行の予定があるわけじゃない。崖際に建っている家で日がな小説を書いている人間が思い立ってトリップするはずがない。でも来てやった。誰もが何かしらの目的を持っていそうな、この目的の海に。だが、私は完全にノープランだ。

 

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 搭乗便をチェックする。私の乗るべき飛行機は無い。何故なら搭乗券を買っていないからだ。

 

 限界まで荷物を少なくして来たので、私は身軽だった。空港に居る人間の中で受付の人の次くらいに軽やかだった。道行く人が大きなキャリーケースを引いていても、私には関係が無い。機動力が違う。こうして隣を歩いていると、同じ空港に来ている人間とは思えないな、と思う。彼らと私の大きな違いは、旅行に行くか行かないか、その一点だけなのに。

 

 空港に来てみて分かったのだが、空港は意外と暇を潰せる。まあみんな飛行機を待たなくちゃいけないので、当然だ。カフェも大きくて空いているし快適である。初めて知ったのだが、空港のカプセルホテルでは仮眠プランもあるのだ。空港に来て本気でやることが無いときは仮眠をしてしまうのもいいかもしれない。もうお気づきかもしれないが、飛行機を予約しなければ飛行機の時間も気にしなくていい。

 

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 ご飯処できつねうどんを食べてから搭乗便を確認する。
 私の乗る飛行機が無い。いつか出現するんじゃないかというワクワク感がある。

 

 さて、私は一体今何をしているのか?

 

 当然ながらミステリーの文脈を破壊しているのである。

 名探偵は多分、私が空港にいる理由を推理出来ない。極限まで情報は削った。だが、意味ありげに時計はちらちら見ている。空港の書店にて、いかにも飛行機で読みそうな分厚い本まで買った。
 名探偵は多分、私を物凄く身軽な旅行者か、さもなくば誰かを見送ったり迎えに来たりした人間だろうと思う。馬鹿だな、そこには誰も居ないよ。

 私は旅行にも行かない。誰かと待ち合わせもしない。宇宙から戻った人間が重力に身体を慣らしていくように、ミステリーを書いた分だけ不合理に身体を慣らしているのだ。……と、ここまで書いて、これだとこれはこれで狂人の論理によるミステリーだ!! になってしまったので、一旦それも否定する。私は無目的で空港に存在しなくてはいけないのであり、いやでもこれも無目的で空港に存在する目的になっていないだろうか? もう駄目だ、この世界は意味と理由に囲まれている。

 

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  この世界には意味があるので、突然私の乗るべき飛行機が出現することはない。

 

 とにかく、私は架空の名探偵に戦いを挑んでいる。もしかするとこの空港に居る数千人の中に一人くらいが「あの人旅行行くのにやたら軽装だな」と思ってくれたかもしれない。だとすれば私はほんの一瞬、ほんの一瞬だけ意味に勝ったのだ。この結論自体が「意味」に敗北した結末だったとしても。

 ところで、今執筆しているミステリー小説、〆切は九日後である。いや、貴重な一日を空港で過ごしたので実質八日後である。そこで薄々私はこれに現実逃避の意味を与えてしまうわけで、誰かここから出して欲しい。

 このブログ書いてたら〆切が七日後になった。嘘だろ。