タワー・オブ・テラーから逃げ続けてきた人間の半生を語る

 先日友人とその話題になったので、懺悔の気持ちを込めて書いておく。何のことはないが、考えてみれば私の人生はタワー・オブ・テラーと共にあったので、ここに記録しておきたい。これから、十年以上隠し続けてきたことを告白する。

 私はタワー・オブ・テラーに乗ったことがないのに乗った振りをして生きてきた人間である。

 これを見ているリアルでの友人は驚き慄き、私との絶縁を考えるかもしれない。騙していて申し訳ない。自分の友人はタフな人間ばかりだと思っていただろうに、その中にこんなキティちゃんが混じっていたという怒りは筆舌に尽くし難いものがあるだろう。でも、それを隠し続けてきた私も辛かったのだ。理解して欲しい。

 私は絶叫マシンが苦手だ。理由は説明しなくても分かるだろう。というかあれの恐怖を一目で分からない人間がいたら少し心配になってしまう。あれ、絶対怖いものだろ。本能で逃げ出す類のものだろ。慄いてくれ……頼む……。

 けれど、私は絶叫マシンが苦手なキティであると同時に、押しに弱い格好つけでもあった。そんな人間が「怖くてタワー・オブ・テラーに乗れない」なんて言えるはずがない。だって格好悪い。今が江戸時代でなくて良かった。あの時代に生まれていたら、私は押しの弱さとこの格好つけで切腹をさせられていただろう。刀がその辺りに無くてよかった。忠臣蔵に巻き込まれなくてよかった。

 だから私は常に「絶叫マシンなんて全く怖くありませんよ」という顔をして生きてきた。タフな振りをするのは簡単だ。そもそも社会は恐ろしいところなので、タフな振りをしていないと生きていけないからだ。

 けれど、つらっと生きていた私に試練が訪れる。長く生きていると、直接的に「タワー・オブ・テラー」の話題を振られることがあるのだ。相手にとっては雑談の範疇だし、ディズニーシーは愉快な場所の位置づけなのだろう。しかし、私にとってそこは恐ろしい戦場でしかない。

 格好つけで怖がりな上に、私は嘘も下手だった。面白いくらい嘘がつけないので、何かを言ってもすぐバレる。身体が正直なのだ。嘘を吐くと目が泳ぐって何なんだ、魚か。そんな私が目を泳がせ、声を震わせながら「タワー・オブ・テラーに乗ったことがある」と言ったらどうなるか? すぐさま嘘と見ぬかれ、精神の血祭りが始まり、弾劾裁判が始まるだろう。嘘を吐くことは出来ない。けれど、正直に自分が雑魚だということを告白したくもない。それならどうすればいいか? 解決策は一つしかない。 

 『嘘を吐かない』かつ『乗ったように見せかける』台詞の開発である。

 「タワー・オブ・テラーに乗った」と言ってしまえばそれは嘘だ。すぐバレるだろう。けれど「怖くてタワー・オブ・テラーに乗ったことがない」と言ってしまえば心の柔らかいところに刃を刺し込むことになる。だから、私は以下のような台詞で乗り切ることにした。


タワー・オブ・テラー、怖いよね」

 

 嘘を言っているわけではない。怖いからね。
 これを訳知り顔で言うだけで『乗ったことのある人』っぽくなるのだ。嘘を吐いているわけではないので、動揺が出るわけでもない。こうして素直に「怖いよね」と言ってしまうことで「素直に相手の力量を認められるタフガイ」のような貫禄が出てくるくらいだ。友人もそれで納得してくれたのか「意外と怖いよね」と言ってくれた。意外じゃないだろ。順当に怖いだろ。

 しかし、私の人生にはなおもタワー・オブ・テラーの話題が付きまとってきた。「タワー・オブ・テラーどう?」と友人が笑顔で聞いてくる。まるで秘密警察の尋問のようだ。けれど、私は既にディストピア小説を何本も読んでいた。タワー・オブ・テラーも進化していただろうが、私も成長しているのだ。私はニヒルな笑顔で言う。

 

タワー・オブ・テラーのあの人形、怖いよね」


 一歩踏み込んで造形美術の方に目を向けてみる高等技術である。これを言う人間がまさか「乗ったことがない」なんて思うだろうか? いや、思わない。アトラクション部分の『怖さ』は既に超えた真のヒューマンの言う台詞だ。物理ではなく精神、あくまで精神的な恐怖を説く。何故なら、私は、もうその段階にいないからだ……。
 友人は「え、そう?」と言っていたが、乗ったかどうかには疑問を抱かなかった。銃で撃たれた跡を誤魔化す為に杭で刺すような荒業だが、これも上手くいった。

 私の進化は止まらない。タワー・オブ・テラーは今日も私を脅かし続けているが、完全抗戦の姿勢を見せた私に隙は無い。私は『ディズニー・シー完全攻略ガイド』を購入し、タワー・オブ・テラーの特集ページを読み込んで、どうやらアトラクションが始まる前の段階で、あの謎の怖い人形が消える演出があるという情報を得る。凄い技術だ。これを利用しない手はない。私はすっかり馴染んだタフガイの笑顔で言う。


「あの人形、消えるよね」

  我ながら完璧だ。これは完全に乗った人間の言葉だ。しかも嘘を言っているわけでもない。完全攻略ガイドが嘘を吐くはずがない。何せ校閲さんが入っているのだから、間違っていることはほぼ無いだろう。ここまでくると本当に私は乗ったも同然である。校閲さんが私をタワー・オブ・テラーに『乗せた』のだ。
 友人は私の言葉を深く突っ込まず「あれ何で消えるんだろうね? 不思議だなあ」と言っていた。不思議なものが好きなので、実際に見てみたいが、その先に持っているものが怖くて見られない。どうしてタワー・オブ・テラータワー・オブ・テラーなのか。人形が消えるだけじゃ駄目だったのか。何故……。

 そして、今になっても私はタワー・オブ・テラーに乗ったことがない。既にタワー・オブ・テラーは私の中で膨れ上がり、肉感を持った恐怖の概念になってしまった。
 人形は本当に消えるのか? そもそも人形は本当に怖いのか? いつもは明るい安全な場所で見ているからよく分からないんだ……。チチカカに売っていそうだな、くらいの印象しかない……。私はタワー・オブ・テラーのことを、本当は何も理解していない。

 時々、訳もなく泣き喚きたくなる。私がいけしゃあしゃあと「乗ったことがある」と言えるようになれば、あるいは素直に「怖くて乗れない」と告白出来るようになれば。そうすればさっきのような曖昧な言葉で誤魔化さなくても済むのに。

 タワー・オブ・テラーは呪われたホテルをモチーフにしたアトラクションだという。ゲストはその呪われたホテルに足を踏み入れた不届き者であり、それが原因で恐怖の体験をすることになる。それを聞いた時、思わず乾いた笑いが出た。

 私は乗ってもいないのにタワー・オブ・テラーに呪われているのだ。

 ちなみにボードゲームで嘘を吐くのは得意である。バレても怒られないからだ。ついでにここで告解しておくと、友人とボードゲームをやる度に、私はとりあえずルールがわからない振りをする。親切な友人や先輩がルールを説明してくれるのを真面目に聞けば下準備は完成だ。初心者の振りをすれば体感八割勝てる。人間は、生まれたばかりの子供に刺される自分を想像しない。これからはこのメソッドでボードゲームをやって欲しい。「大丈夫? ルールわからないところある?」と聞かれたらしめたものだ。説明書を読みながら首を傾げ、油断している相手を倒そう。

 だから友人がいないのでは? そうかもしれない。

 というか本当にタワー・オブ・テラーに乗ったことがある人間は存在するんですか? 本当は地球上の誰もあれに乗ったことが無いのでは? 同じように回避してきた人間がいるんじゃないか? 一体、タワー・オブ・テラーとは? 一体……?